ジハード戦士の動画・声明の記録





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【イスラム国】イギリス人ジャーナリストのジョン・キャントリー氏、イラク軍の機甲部隊の墓場となったモスルの病院からリポート

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題名:صيادو الدروع
和訳:装甲の狩人
公開:2016年12月13日
組織:イスラム国(IS、旧ISIS又はISIL)
出所:ニナワ県広報部(旧イラク領)
音声:アラビア語、英語(アラビア語字幕付)
尺長:47分11秒

【キャプション】
イラク軍が使用しているアメリカ製の戦車や装甲車などに対するイスラム国の戦闘員たちの勇猛果敢な戦いぶりを紹介する宣伝動画。イギリス人ジャーナリストのジョン・キャントリー氏が登場し、モスル南東部のサラーム病院をめぐる戦闘で破壊されたイラク軍の戦車や装甲車の残骸について現地レポートする。

【サウンドバイト】
SnapShot(1)
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「私の前にあるスクリーンに映っていたのは、アメリカ製のエイブラムズ戦車です。近代戦用テクノロジーの結晶で、航空機用のタービンエンジンを動力とし、レーザー安定化ターゲットシステムと複合装甲を搭載しています。1991年、この戦車は旧サダム・フセイン政権の軍隊をたった3日で壊滅させたほか、2003年のアメリカによる対イラク侵攻でも活躍しました。それ以降、世界中の軍隊に売却され、莫大な利益を上げました。そして現在、ジハード戦士との戦いに投入されています」


SnapShot(2)
「エイブラムズ戦車の価格は、1台9億ドルといったところでしょうか。まったく高価なオモチャです。常勤の整備クルーが必要で、年に1度オイル交換をすれば足りる訳ではありません。それでも、信仰心をも打ち砕くほどの兵器とはいえないのです。2004年以降、ジハード戦士たちは試行錯誤を重ねながら工夫を凝らした武器でエイブラムズを破壊してきました」


SnapShot(3)
「安物の火炎瓶や、IED(着用爆弾ベルト)、SPG-9、そして今では、ロシア製のコルネット・ミサイルが使われています。私はイスラム国に捕虜として滞在し、ジハード戦士たちが僅か数百ドル以下の武器を駆使してエイブラムズの進攻を阻止する場面を目撃しました。2011年、アメリカはイラクから撤退し、オバマ大統領は再び軍が戻ることはないと約束しました。ところが、アブムハンマド・アドナニ師は、米軍が戻って来ると予言し、ジハード戦士たちは、それを待ち構えていたのです」


SnapShot(4)
SnapShot(5)
「イラク軍の兵士たちは、アメリカ製の武器を手に入れた自分たちは最強だと思い込みました。エイブラムス戦車だけでなく、ハンヴィーや、M4カービン銃まであるのだからと。しかも米兵の訓練を受けたのだと。あるいは映画を見て、ランボーになったつもりだったのでしょう。しかし、イラク兵には精神力が欠けています」


SnapShot(6)
「他方、ジハード戦士にはアラーがいます。どんな兵器よりも強力です。映像の『アブルワリード』と『アブフザイファ』という2人のジハード戦士は、エイブラムズ戦車に突撃しました。彼らの武器といえば、手榴弾のほかには勇気だけでした。この捨て身の攻撃で、アブルワリードは聴力を失い、アブフザイファも負傷、別の一人は命を落としました。しかし、ジハード戦士は死を恐れません。現世よりも天国へ行くことを望んでいるからです。死ぬことは敗北ではないのです」


SnapShot(7)
「真のイスラム教徒は、現世の安楽に執着しません。家や家族、そして、金銭の誘惑を断ち切り、ジハード戦士として戦うためにイスラム国にやって来ます。臆病者のイラク兵とは全く異なるのです」


SnapShot(8)
「例えば、デンマークでの豊かな暮らしを捨てて、戦うためにイスラム国に来たアブアクラマというジハード戦士がいます。」


SnapShot(9)
「アブアクラマは、エイブラムズ戦車3両を破壊しました。使ったのは手榴弾だけです。恐れずに戦車まで歩いて近づく、とんでもない勇気の持主です。50トンの鉄の塊に立ち向かうには、快適な戦車の中で標的が現れるのを座って待っている者とは比較にならない精神力と勇気が必要なのです」


SnapShot(10)
「ジハード戦士たちの勇敢さは、アメリカだったら輝かしい勲章に値したことでしょう。彼らを題材とした映画が製作されたことでしょう。しかし、彼らはイスラム教徒であるが故に、メディアからはテロリストと呼ばれています」


SnapShot(11)
「私たちは今、戦闘が行われているモスル東部の前線に来ています。私の背後には、まるでスティーブン・スピルバーグの映画のような光景が広がっていますが、これは現実です」


SnapShot(12)
「ここはかつて、イラク軍がモスルでの基地として駐留していましたが、ご覧のとおり完全に破壊されました。数えてみますと、破壊されたBMPは18両から25両ぐらい。ハンヴィーもたくさんあります。まさに修羅場です。ジハード戦士によりますと、イラク軍は餌に喰らいつく魚のように、まんまと罠に嵌まったとしています。ジハード戦士たちは、大量のイラク軍の車両をこの場所へに誘い込んだのです」


SnapShot(13)
「ちょっと数えてみましょう、1、2、3、4、5、6、7台。ブルドーザーやBMPがプラスチックのオモチャのようにバラバラに破壊されています」


SnapShot(14)
「これを見て下さい。アメリカの警告文が書かれています。ここにヘルファイア・ミサイルが落とされたことが分かります」


SnapShot(15)
「こちらは、M16自動小銃の残骸ですね。もう役には立ちません。それでは下に降りて、あちらの方を見てみましょうか。それでは、注意して行きましょう。足元に不発弾があるかもしれません」


SnapShot(17)
「これこそモスルの戦いです。このハンヴィーを見てください。完全に破壊されてしまいました。見事に燃え尽きて、何も残っていません」


SnapShot(18)
「地面に落ちているのは、吹き飛ばされたBMPの砲塔ですね。オモチャのように転がっています。奥のブルドーザーは、まだ使えそうです。ジハード戦士の役に立ってくれるでしょう」


SnapShot(19)
「ここはサラーム病院といい、以前は患者もいました。幸いにも、ジハード戦士たちのおかげで、ほとんどの患者は戦闘が起きる前に避難できました。しかし、病院自体は完全に破壊されてしまいました。現在、ブルドーザーなどを使って残骸の撤去作業が行われています」


SnapShot(20)
「このBMPは、対戦車攻撃を専門とするジハード戦士たちの部隊によって破壊されたものです。イスラム国建国から3年で、彼らは対戦車戦の専門家となりました。これらの車両を狙いどおりの場所へ誘い込み、様々な兵器で奇襲を仕掛けました。次々にミサイルを撃ち込んだのです。分厚い装甲だったのでしょうが、砲塔は破壊され、まるで紙切れのように破れていますね。相当な数のミサイルが使われたのでしょう。キャタピラも子どものオモチャのように壊れています。こんな光景は長らく見た憶えがありません」


SnapShot(21)
「おや、こんなところにイラク軍のヘルメットが。しかし、こりゃ無用の長物ですな」


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【イスラム国】世界遺産都市パルミラを再制圧 預言者ムハンマド生誕祭に新型ロシア製兵器のプレゼント ※追記あり


2016年12月11日、シリア中部の世界遺産都市パルミラを再制圧したイスラム国は、系列メディアのアマク通信を通じて、パルミラ市内で鹵獲したロシア製兵器の動画を公開した。その中には、「BPM-97」や「ウラル-4320」といった新しい軍用車両が確認できる。イスラム教の預言者ムハンマド生誕祭の祝日にあわせて、シリア軍とロシア軍からイスラム国のジハード戦士たちへの気前のよいプレゼントとなった。

イスラム国が鹵獲したロシア製装甲車「BPM-97」
BMP-97
 
 イスラム国が鹵獲したロシア製輸送車「ウラル-4320」
Ural-4320
 

※追記 イスラム国の戦闘員が登場しパルミラの制圧を宣言。拘束した捕虜を尋問、シーア派の礼拝所を摘発。遺跡の雑感など。
 (2016年12月12日付「アマーク通信」配信映像)


 

【イスラム国】シリアの世界遺産都市パルミラを再び制圧 ※追記あり

Parthenon
2016年12月11日、イスラム国系メディア「アマク通信」は速報で、世界遺産に登録されている古代ローマ時代の遺跡がある、シリア中部のパルミラを完全に制圧したと伝えた。パルミラを防衛していたアサド政権の部隊とシーア派民兵組織は崩壊したとしている。

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イスラム国の戦闘員がパルミラの町外れに到達した時点での町の様子
(2016年12月11日付「アマーク通信」配信動画)


イスラム国の戦闘員がパルミラの穀物サイロを襲撃・制圧した際の映像
(2016年12月11日付「アマーク通信」配信動画)  

ラッカの街頭で菓子を配り、パルミラでの勝利を祝うイスラム国の戦闘員の写真

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※2016年12月12日追記
 パルミラ市内に入ったイスラム国戦闘員たちの様子
(2016年12月11日付アマク通信配信動画)


  

【イスラム国】イスラエルの軍事諜報サイト「デブカファイル」 『年内のモスル奪回は不可能』 『イラク兵5万4千人と米兵5千人はISジハード戦士9千人に勝てず』

モスル南東サラーム病院のイラク軍部隊が壊滅

米軍の支援を受けるイラク軍によるモスル解放作戦の開始から、まもなく丸2カ月を迎えようとしているが、イラク軍の大部隊はイスラム国(IS)のジハード戦士の抵抗の前に苦戦を強いられている。12月7日にはモスル南東部のサラーム病院に駐留していたイラク軍の部隊が、イスラム国側の連続殉教攻撃などによってほぼ壊滅するという大打撃を被っており、大破したイラク軍の車両多数が無残な姿をさらしている映像が、イスラム国メディアの「アマク通信」によって配信されている。

ポリティカル・コレクトネスへの配慮からか、イスラム国に有利な内容のニュースは、たとえ事実であろうとも一般のメディアでは一切報じられない。そんな中、イスラエルの軍事・諜報情報サイト「デブカ・ファイル(DEBKAfile)」は、『モスル攻撃の失敗、対応はトランプ次期政権へ持ち越し』と題する興味深い記事を配信した。記事によると、イスラム国の幹部たちは、ラッカ・モスル間を何の支障もなく移動できるほか、総勢6万近いイラク・米連合軍には、わずか9千人のジハード戦士を打ち負かす能力さえないとしている。

デブカファイルの記事の当ブログ管理人による和訳は以下のとおり。

 アメリカ軍の支援を受けるイラク軍が、モスル解放作戦を始めてから9週間が経過し、最早その失敗は否定できないだろう。12月4日、イスラム国の幹部たちの一団は、シリアのラッカから移動して何の支障もなくモスルを訪れていた。

 軍事・諜報筋の「デブカ・ファイル」への報告によると、イスラム国の幹部たちがラッカからモスルを訪れたのは、モスルを支配している幹部たちが、町から撤退せずに留まることに方針を転換したのを踏まえ、ラッカとモスルという二つの拠点における作戦を、どのように並行して展開させていくかについて協議することが目的であった。

 イスラム国が方針を改めたのは、イラク軍とこれを支援するアメリカ軍にはモスルを奪回する能力がないと見ているためだ。オバマ大統領はモスル現地のアメリカ軍幹部らに対して、12月末までにモスルを奪回せよとの指示を出していたが、それが果たされそうにないことは、アメリカ政府内でも明らかになっている。オバマ大統領は、在任中にモスルを奪回できないまま、ホワイトハウスを去ることになるだろう。

 10月から始まったモスル解放作戦では、戦闘機90機と大砲150門の支援を受けながら、5万4千人のイラク軍兵士と5千人の米軍兵士が投入された。ところが、たった9千人のジハード戦士を打ち負かすことができない体たらくである。

 イラク軍が制圧できたのは、当初想定されていた地区のわずか10分の1に過ぎない。作戦が進まないため、当初の意気込みは削がれ、部隊の士気は下がってしまった。イラク政府は戦果を誇張し、新たな戦線を開いたなどと吹聴しているが、実際のところイラク軍は足踏み状態にあり、イスラム国の戦闘員と単に撃ち合いをしているだけである。

 イスラム国が戦術を転換して、イラク軍と徹底抗戦することに決めたという兆候は、ジハード戦士たちによって巧妙に制作され11月27日に配信された動画でも窺うことができる。この動画は、イスラム国によるモスル防衛の様子に関するもので、臨戦態勢にある戦闘員たちや狙撃手の配置ぶり、重要地点における自動車爆弾の存在、バリケードを張り巡らした市街などが公開されている。なお、イスラム国が撤退した地区では、有毒な化学物質を含んだ砲弾類がわざと残されており、「こうした武器で攻撃される危険を承知で来てみろ」という警告をイラク軍に送っている。

 また、デブカファイルの情報源によると、イラク軍によるモスル奪回作戦の初期に、イスラム国の戦闘員たちの中にはモスルを脱出した者たちもいたが、彼らは行政部門の責任者たちとともにモスルに戻ってきているという。

 一方、クルド自治政府の治安部隊「ペシュメルガ」は既に3週間前に、モスル奪回作戦から引き揚げており、イスラム国という危険な隣人と共存せざるを得ないということを認識している。アルビルを始めとするクルド人自治区の都市を守るために、モスルに対する強力な防衛線を築くことにエネルギーを注いでいる。

 モスル戦線の危機的な状況を踏まえ、アメリカ国防省は膠着した戦況を打開するために、部隊の増派計画を策定した。この計画は、次期政権のトランプ大統領とマティス国防長官による了承が待たれている。

【イスラム国】多言語広報誌『ルミヤ』 「ローマとコンスタンティノープル、どちらが先に征服されるか」との問いに、預言者ムハンマドの回答は?

イスラム国の多言語広報誌「ルミヤ」は月刊ベースで順調に配信されており、既に4号に達した。以下は英語版ダウンロード用のバナー広告である。

 「RUMIYAH(ルミヤ)」2016年12月8日配信 第4
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「RUMIYAH(ルミヤ)」2016年11月11日配信 第3号
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「RUMIYAH(ルミヤ)」2016年10月5日配信 第2号
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「RUMIYAH(ルミヤ)」2016年9月5日配信 第1号
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「ルミヤ(RUMIYAH)」とは、現在のイタリアの首都ローマを意味するアラビア語である(現代アラビア語では、「ローマー」と表記されることが多い)。

ところで、「ルミヤ」の創刊後に配信されなくなった、もう一つの広報誌である『ダビク(DABIQ)』は、世界の終末にキリスト教徒とイスラム教徒の最終決戦が行われる場所とされる、シリア北部の町に因んで名づけられている。それでは、新たな機関紙の名称が『ルミヤ』とされたのは、どんな理由があるのだろうか。

『ルミヤ』の巻末に、次のようなイスラム教のハディース(預言者ムハンマドの言行録)が紹介されている。


Allah's Messenger was asked, "which of the two cities will be conquered first? Constantinople or Rumiyah?" He replied, "The city of Heraclius will be conquered first," meaning Constantinople.
(アラーの使徒は、「コンスタンティノープルとローマ、どちらの町が先に征服されるでしょうか?」と問われたところ、「ヘラクレイオスの町が先に征服されるだろう」と答えた、つまり、コンスタンティノープルである。)


預言者ムハンマドの話のとおり、コンスタンティノープルは1453年、イスラム教国家であるオスマン帝国によって陥落し、東ローマ帝国は滅亡した。イスラム国のジハード戦士たちが口ぐちに宣伝動画で、「いつの日かローマを陥落させてみせる」と繰り返し宣言するのは、思い付きや根拠のない強弁ではないのである。

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