2016年9月28日、シリアの反体制派組織「ファトフ・シャーム戦線」(アルカイダから分離した旧ヌスラ戦線、「シリア征服戦線」などの訳語もあり)はアラビア語による声明で、ドイツ人の女性ジャーナリスト、ヤニナ・フィントアイゼン(Janina Findeisen)を釈放したと発表した。その釈放の理由が非常に興味深く、この種の人質事件を考える上で、大いに示唆に富むケースだと言える。
声明の内容は次のとおりである。今からおよそ1年前の2015年11月、シリア国内においてドイツ人女性ジャーナリストが拉致されたと報じられ、その折にはヌスラ戦線(※ファトフ・シャーム戦線の前身組織)の仕業だとされた。ヌスラ戦線は、2015年12月1日付の声明でこれを否定していた。
そして今から1か月前、ファトフ・シャーム戦線は、この女性ジャーナリストを拉致した小グループに関する情報を掴み、捜索の結果、拘束されていた女性ジャーナリスト本人とその子どもを救出した。
この女性ジャーナリストは救出後にファトフ・シャーム戦線に対し、「シリア在住のドイツ人女性イスラム教徒を通じて、拉致を行ったとされる小グループから身の安全を約束されていた」と主張した。それを受けて、ファトフ・シャーム戦線はシャリーア(イスラム法)の法廷を開き、この女性に与えられていた保護が有効だと判断した。その結果、2016年9月28日に、ファトフ・シャーム戦線はシャリーアに則り、この女性を釈放したとしている。
これだけでは、イスラム教徒やシャリーアの研究者でない方々には、いま一つ腑に落ちないだろう。補足すると、つまり自分たちとは全く無関係のイスラム教徒であっても、そのイスラム教徒がある異教徒に与えたイスラム法上の保護(※ズィンマ)は、すべてのイスラム教徒が尊重せねばならないシャリーア上の義務なのである。このため、ファトフ・シャーム戦線は、自分たちとは無関係の小グループが与えたに過ぎない保護に基づいて、このドイツ人女性ジャーナリストを釈放したというのである。
この声明の後半では、この決定の根拠となるハディース(※預言者言行録)を、ブハーリー及びムスリムの二大「サヒーフ(※真正集)」から引用している。その内容は次のとおりである。
また、別のハディースでは預言者ムハンマドが、「ムスリム(※イスラム教徒)によるズィンマ(※保護)は一つである。最も卑しい身分のムスリムであっても同等である。ムスリムが与えた保護を蔑ろにする者は、アラーや天使たちによって呪われる」と述べていたという。
そして声明の最後では、マーリク学派のウラマーであるイブン・バッタールの次のハディース解説を引用している。
「敵対者に与えられた保護は、すべてのイスラム教徒が守らねばならない。保護を与えたイスラム教徒が、高貴な者だろうと卑しい者だろうと、自由人だろうと奴隷だろうと、男だろうと女だろうと同じである」
※2016年9月30日追記
シリアで拘束され行方不明となっている安田純平氏とファトフ・シャーム戦線(シリア征服戦線とも)の仲介役として、安田氏の画像や動画を公開してきたシリア人ジャーナリスト、ターリク・アブドルハク氏がフェイスブックでの投稿で、安田氏の解放をファトフ・シャーム戦線に呼びかけた。ドイツ人女性ジャーナリストのケースと同様に、安田氏はシリアの反体制派武装勢力「アハラール・シャーム運動」のメンバーであるアブ・ゼイド氏から、イスラム教徒による保護を受けていたとしており、ファトフ・シャーム戦線がシャリーア(イスラム法)に従うならば、安田氏も無条件で解放されるべきだと主張している。
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声明の内容は次のとおりである。今からおよそ1年前の2015年11月、シリア国内においてドイツ人女性ジャーナリストが拉致されたと報じられ、その折にはヌスラ戦線(※ファトフ・シャーム戦線の前身組織)の仕業だとされた。ヌスラ戦線は、2015年12月1日付の声明でこれを否定していた。
そして今から1か月前、ファトフ・シャーム戦線は、この女性ジャーナリストを拉致した小グループに関する情報を掴み、捜索の結果、拘束されていた女性ジャーナリスト本人とその子どもを救出した。
この女性ジャーナリストは救出後にファトフ・シャーム戦線に対し、「シリア在住のドイツ人女性イスラム教徒を通じて、拉致を行ったとされる小グループから身の安全を約束されていた」と主張した。それを受けて、ファトフ・シャーム戦線はシャリーア(イスラム法)の法廷を開き、この女性に与えられていた保護が有効だと判断した。その結果、2016年9月28日に、ファトフ・シャーム戦線はシャリーアに則り、この女性を釈放したとしている。
これだけでは、イスラム教徒やシャリーアの研究者でない方々には、いま一つ腑に落ちないだろう。補足すると、つまり自分たちとは全く無関係のイスラム教徒であっても、そのイスラム教徒がある異教徒に与えたイスラム法上の保護(※ズィンマ)は、すべてのイスラム教徒が尊重せねばならないシャリーア上の義務なのである。このため、ファトフ・シャーム戦線は、自分たちとは無関係の小グループが与えたに過ぎない保護に基づいて、このドイツ人女性ジャーナリストを釈放したというのである。
この声明の後半では、この決定の根拠となるハディース(※預言者言行録)を、ブハーリー及びムスリムの二大「サヒーフ(※真正集)」から引用している。その内容は次のとおりである。
ある時、ウンム・ハーニー(※預言者の叔父のアブ・ターリブの娘)は預言者ムハンマドに対し、「私が保護を与えた何某・イブン・フバイラという者を、アリー(※ウンム・ハーニーの兄弟で後の第4代正統カリフ)が殺そうとしているのですが」と相談したところ、預言者ムハンマドは、「ウンム・ハーニーよ、あなたが保護を与えたということは、我々が保護を与えたということですよ」と語ったという(※このハディースは、女性への敬意と権利の平等といった観点で引用されることが多いが、イスラム教徒が異教徒に与えた保護の普遍性の根拠にもなり得るのである)。
また、別のハディースでは預言者ムハンマドが、「ムスリム(※イスラム教徒)によるズィンマ(※保護)は一つである。最も卑しい身分のムスリムであっても同等である。ムスリムが与えた保護を蔑ろにする者は、アラーや天使たちによって呪われる」と述べていたという。
そして声明の最後では、マーリク学派のウラマーであるイブン・バッタールの次のハディース解説を引用している。
「敵対者に与えられた保護は、すべてのイスラム教徒が守らねばならない。保護を与えたイスラム教徒が、高貴な者だろうと卑しい者だろうと、自由人だろうと奴隷だろうと、男だろうと女だろうと同じである」
※2016年9月30日追記
シリアで拘束され行方不明となっている安田純平氏とファトフ・シャーム戦線(シリア征服戦線とも)の仲介役として、安田氏の画像や動画を公開してきたシリア人ジャーナリスト、ターリク・アブドルハク氏がフェイスブックでの投稿で、安田氏の解放をファトフ・シャーム戦線に呼びかけた。ドイツ人女性ジャーナリストのケースと同様に、安田氏はシリアの反体制派武装勢力「アハラール・シャーム運動」のメンバーであるアブ・ゼイド氏から、イスラム教徒による保護を受けていたとしており、ファトフ・シャーム戦線がシャリーア(イスラム法)に従うならば、安田氏も無条件で解放されるべきだと主張している。