以下は、NHKの報道の引用である。シリア首都ダマスカス南部のヤルムーク・パレスチナ難民キャンプの情勢に関する日本の報道の中では、比較的よいと言える。この報道をベースに、考察を進める。

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シリア 首都近郊攻防激化で市民犠牲増加
2015年4月6日 4時55分

内戦が続くシリアでは首都ダマスカス郊外で過激派組織IS=イスラミックステートが勢力を広げているのに対し、政府軍が空爆で反撃して攻防が激しくなるなか、市民の犠牲が増え続けています。
過激派組織ISは、ダマスカス郊外にあるパレスチナ人の難民キャンプを支配する別の武装勢力に攻撃を仕掛け、これまでにキャンプのおよそ90%を制圧しています。これに対してアサド政権の政府軍は、4日から5日にかけてヘリコプターや戦闘機を投入し、「たる爆弾」と呼ばれる強力な爆弾を投下するなどしてキャンプに激しい空爆を加えています。
キャンプにいるパレスチナ人難民の男性はNHKの電話取材に対し(※中略)、ISがキャンプに対する攻撃を始めてから、外部からの水や食料、それに医薬品の供給が止まり、取り残された人々は空爆や戦闘だけでなく食糧不足にも苦しんでいるということです。
空爆を受けて、IS側は戦闘員の一部を撤退させているということですが、キャンプへの攻撃でISと共闘しているアルカイダ系の「ヌスラ戦線」の戦闘員が残って占拠を続けていて、シリアでは、さまざまな勢力が入り乱れて攻防が続くなか、市民の犠牲が増え続けています。
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NHKは、限られた字数で複雑な情勢を一般の視聴者にも理解できるように、苦心惨憺して原稿を書き上げていることが伺われるが、読んでも謎は深まるばかりである。一般の視聴者には、「一般市民が可哀そう」ぐらいの心象しか残らないだろう。

そもそも、 パレスチナ人の難民キャンプを支配する別の武装勢力とは何者か?

更に奇妙なのは、イスラム国(IS)が、鋭く敵対しているアルカイダ系の「ヌスラ戦線」と「共闘」しているのは真実なのか? それが真実なら、なぜヤルムーク難民キャンプの戦闘において共闘が実現したのか?

この2つの疑問点は、今回のイスラム国によるヤルムーク制圧を考える上で最重要ポイントであり、ここに踏み込まなくては状況の正確な把握はあり得ない。

一方、イスラム国支持者たちでつくるSNSコミュニティにおいては、より緻密な議論が展開されており、その真相に迫っている。以下、その内容を紹介する。

次の地図は、シリアの首都ダマスカスの南部に位置するヤルムーク地区及びその周辺における勢力図である。(なお、この地図では、イスラム国を「ダーイシュ」という蔑称で呼んでいることから、イスラム国と敵対するメディアが作成したものであることが分かる)

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ヤルムーク・パレスチナ難民キャンプをめぐる戦況

上部の茶色の部分は、アサド政権と、アサド政権を支持するパレスチナ諸派(解放人民戦線総司令部派(PFLP-GC)、ファタハ・インティファーダ)の支配勢力である。

左右の青い部分が反体制派組織の支配地域である。特に右側は、「イスラム軍」「使徒のシャーム部隊」というイスラム主義系の武装組織が支配している。

真ん中の赤い部分が、ヤルムーク地区である。難民キャンプはこの地区の左側部分に当たる。ここでは、イスラム国とヌスラ戦線が「共闘している」とされるが、ヌスラ戦線は元々、この地区の右側部分を支配下においていた。

下の黒い部分はハジャル・アスワドという地区で、イスラム国の支配地域である。すなわち、ヤルムーク難民キャンプに隣接する地区を元より制圧していたという点が重要である。突如首都近郊に現れたかのような報道が多いが、正確とは言えない。

それでは、残った上部の緑の部分は何か? これは「アクナーフ・ベイト・マクディス(エルサレムの翼)」という聞き慣れない部隊の勢力範囲であるが、これはパレスチナのイスラム主義組織「ハマス」の別動隊である。

今回、イスラム国は地図の南の黒い部分(ハジャル・アスワド地区)から北方へ、ヤルムーク難民キャンプに進攻し、ほぼ全域を制圧した。そして当時、ヤルムーク難民キャンプを支配していたのは、ハマスの別動隊「アクナーフ・ベイト・マクディス」を始めとする、表向きは「反体制派」のパレスチナ諸派である。

実はこれらのパレスチナ諸派は、水面下でアサド政権との関係改善を進めており、ヤルムーク難民キャンプを政権側に引き渡す合意が成立寸前であったという。

そこで、ヤルムークがアサド政権の手に落ちるのを阻止するため、イスラム国とは不倶戴天の敵であるはずのアルカイダ系組織「ヌスラ戦線」が一定の歩み寄りを見せ、その結果、イスラム国によるヤルムーク難民キャンプ制圧が成功した。これに驚愕したアサド政権、親アサド派のPFLP-GC、ファタハ・インティファーダ、さらにはアサド政権との和解を進めていた「反体制派」のパレスチナ諸派が、ヤルムーク難民キャンプを奪回しようとイスラム国に猛攻を仕掛けている、というのが現時点での状況である。

こうした情勢分析を裏付けているのは、パレスチナ諸派幹部の発言などのほか、次のヌスラ戦線が発した4月4日付け声明が決定的である。この声明を取り上げているメディアがほぼ皆無なのは、真に残念なことである。
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ヌスラ戦線の声明
ヌスラ戦線は上記声明で、「イスラム国とアクナーフ・ベイト・マクディス(※ハマス)の戦闘に対しては、あくまで中立の立場である」ことを強調している。アサド政権との対立が原因で拠点をダマスカスからカタールのドーハへと移したはずのハマスであるが、シリアの前線ではアサド政権と共にイスラム国と戦っていることが、「第三者」のヌスラ戦線が出した声明によって確認できるのである。

その一方でヌスラ戦線は、アサド政権との「和解」を進める反体制勢力に対しては、激しい敵愾心を顕わにしている。ヤルムークの東部(地図の右側)を支配するイスラム軍は、ヤルムーク難民キャンプへ進攻したイスラム国を攻撃するために、ヌスラ戦線が支配する地区の通過許可を求めてきたという。これに対し、アサド政権との和解を進める「使徒のシャーム部隊」などと連携しているイスラム軍の姿勢を問題視し、要請を拒絶したところ、これを以て、「ヌスラ戦線がイスラム国との共闘に踏み切った」などと報道されたとしている。

従って、「共闘」というよりは、「消極的協力」というのが、ヌスラ戦線の公式な立場だろう。ヌスラ戦線は声明の最後でアルカイダ系組織であることを改めて強調し、イスラム国とは距離を置いている姿勢を示している。

これまでシリア内戦は「3つどもえ(アサド政権、イスラム国、その他の反体制派)の戦い」との表現がなされてきた。ところが、今回のヤルムークの一件からは、内戦の長期化で疲弊した挙句にアサド政権側との和解の模索に追い込まれている「反体制勢力」と、断固としてシャリーア(イスラム法)による統治を掲げ、飽くまで背教者の殲滅を目指すジハード主義組織という、二大陣営の戦いへの移行の徴候が垣間見えるのである。

※参考 2015年4月7日にイスラム国のダマスカス広報部が公開したヤルムーク・キャンプ内の画像
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イスラム国が公開したヤルムーク・キャンプの画像1イスラム国が公開したヤルムーク・キャンプの画像2
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