先日、当ブログでヨーロッパへ向かう難民に関するイスラム国の動画についての記事をアップしたが、NHKも漸く、こうした動画に関するニュースを報じた。ところが、本ブログでの関連記事の配信から3日遅れであり、一連の動画に関する分析を行うための十分な時間があったにも拘わらず、非常に残念な内容である。

以下、NHKの記事を引用する。

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 ISが「欧州に行くな」 呼びかける動画
9月21日 1時09分配信

ヨーロッパにシリアなどからの難民や移民が大勢、押し寄せる中、過激派組織IS=イスラミックステートが、ヨーロッパに行くのを思いとどまるよう呼びかける動画を相次いで公開し、支配下の住民が流出するのを防ぐねらいがあるとみられます
 
シリアやイラクを拠点とするISは、先週ごろから、インターネット上に、相次いで動画を投稿しました。これらの動画には、ISの支配下で暮らす一般の住民とされる男性たちが登場し、「私もヨーロッパに住んだことがあるが、彼らはイスラム教徒を決して好きにならない」とか、「ヨーロッパに行けば子どもたちは間違った考えに影響される。ここにいるほうが安全だ」などと述べ、ヨーロッパに行くのを思いとどまるよう呼びかけています。さらに、ヨーロッパ各国が難民を受け入れているのはイスラム教徒の国を破壊しようと目論んでいるからだなどと主張しています。
 
この動画について、ISの動向に詳しい東京外国語大学の青山弘之教授は「ISは住民から取り立てる税金などを資金源としているため、住民の流出が続いて支配地域の経済が立ち行かなくなることを防ぐねらいがあるとみられる」と話しています。
(以下略)
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イスラム国各県の広報部が配信した一連の動画の内容を確認すれば明らかであるが、イスラム国はヨーロッパを目指す難民たちに対し、イスラム国の支配地域である「カリフの土地」(※シリアやイラクに限定されない。イスラム国の勢力範囲は中央アジアや北アフリカにも及ぶことに注意)への移民を促しているのであって、支配地域の住民の流出を懸念してはいない。

実のところ、シリア人難民の90%は、イスラム国の支配地域からではなく、アサド政権やその他の反体制勢力の支配地域から避難しているのである。アラブ世界では最も著名な識者の一人であるファイサル・カーセム氏のツイートを、以下引用しておこう。

هل تعلم ان تسعين بالمائة من اللاجئين السوريين هربوا من مناطق لا وجود لداعش فيها مطلقا. هل يعلم بوتين هذه الحقيقة؟




なお、ファイサル・カーセム氏は上記ツイートで、イスラム国を「ダーイシュ」と呼んでいることから分かるように、イスラム国には批判的な立場である。

また、イスラム国の支配を受け入れず、カリフであるバグダディ指導者に従わないスンニ派部族に対するこれまでの苛烈な対応等に鑑みれば、「支配地域の経済が立ち行かなくなることを防ぐねらいがある」との見方は如何なものか。専ら経済的合理性からイスラム国の動向を分析することは、事の本質を見誤るおそれがあると言わざるを得ない。

ともかく、正確な報道のためには、無責任な外部の研究者や他の報道機関からの伝聞や憶測に安易に頼ることなく、自ら一次情報の解析を行うことを、NHKには是非ともお勧めしたい。

※2015年9月30日追記
この青山という人物について調べてみたが、「アサド政権の事情に詳しい」人物であって、NHKが思うような「IS(※イスラム国)の動向に詳しい」識者ではない。イスラム国の動向を分析するには、「シャリーア」や「ジハード」、「カリフ制」に関する一定の理解が必要であり、宗教を避けて通ることはできない。しかし、青山の宗教嫌いは筋金入りであり、それは「宗教至上主義を超えて」などという仰々しいタイトルが付けられているこのインタビューからも十分に伺える。

日本の中東研究者の現状は、青山のようなパワーポリティクス論者が圧倒的主流派であり、「宗教至上主義」などというものは存在しない。大半がムスリムでもなく無宗教の日本の中東研究者たちが、「宗教至上主義」などになりようがない。アラブの春以前は、各地の独裁政権の権力機構とその動向を調べるのが、日本の中東研究者の仕事であって、宗教は関心の枠外であった。

ところが、こうした独裁政権が次々と崩壊して行くと、独裁政権の専門家に過ぎない中東研究者たちの知識や人脈は用済みとなっていった。シリアの安定化のためにはアサド独裁政権の協力が必要と主張する青山には、研究者としての自らの復権という事情もあるだろう。最早ラタキアやタルトゥースなどシリアの一部地方の軍閥にまで落ちぶれたアサド政権の専門家では、世間からの評価と需要は期待できそうにない。他方で、「グローバル・ジハード」のような、青山が嫌悪する宗教的なアプローチによる研究が新たに脚光を浴びるようになっている。